南丹日本語クラブ

これより本文

日本語教育おすすめ本 7

日本語教育、日本語ボランティア、母語・母文化支援など外国人教育の問題、及び母語・第二言語・外国語の習得をテーマにした良書を紹介します。

基礎からの日本語音声学

福盛貴弘

音声学の基礎的な入門テキスト。音声の定義から始め、音声学がどのような学問であるか、国際音声記号、音韻論の位置付け、モーラ、プロソディーなど、音声に関わる事柄を網羅している。難しい説明はなく、専門用語も最小限にとどめ、最新の学問的成果を盛り込みながら、未解決の問題があることも明らかにしていて、理解しやすい。博士と学生の漫才のような対話が各章に付いていて、これが大変面白い。

東京堂出版、平成22年(2010)12月

日本人の日本語知らず。

清水由美

ベテラン日本語教師による日本語エッセイ。文字・表記、仮名遣い、ラ抜き言葉、「する」文化と「なる」文化、日本語は非論理的な言語か、助詞のパワー、コソアド体系、授受表現など、日本語学における重要問題の数々を読み物風に書いている。日本語学習者に教えるという視点から、難しい問題とは思わせない軽い筆致で書かれているが、内容はかなり高度で、日本人の日本語学入門にも良い。

世界文化社、平成22年(2010)12月

日本語と時間〜〈時の文法〉をたどる

藤井貞和

「き、けり、ぬ、つ、たり、り、けむ、あり」と八種類もあった古代日本語の時の助動辞(助動詞)がいかなるものであったかをkrsm四面体というモデルを示して説明し、時の助動辞が「た」に一元化される近代までの歴史を辿る。語り口は独特のものがあるが、例文を著者の考察に基づく口語訳で読むことによって、よくわからない部分のあった古文の表現の一つ一つが相当理解できるようになる。

岩波新書、平成22年(2010)12月

さえずり言語起源論

岡ノ谷一夫

鳥のさえずりにヒトの言語の起源を見た本。平成15年刊の『小鳥の歌からヒトの言葉へ』を改訂した新版。鳥のさえずりには人間のような意味がないが、性行動を促す音声の形式に文法的なものがあるとして、さえずりの文法の進化の研究をもとに、自己家畜化によって性淘汰の圧力が緩和されたヒトが性行動の叫びを儀礼化し、性行動関連以外の情報をやりとりするようになったのが言語の起源となったとする。

岩波書店、平成22年(2010)11月

日中韓英の句読法と言語表現

芝原宏治編著

日中韓英の句読法を日中韓の出身者が対照研究した本。日本語の句読法は媒体によって異なる未整理問題だが、英語でも必ずしも厳密なわけではなく、論理や美意識などの総合判断の上に成り立っていることがわかる。また、翻転表現やウナギ文の対照研究も収め、句読法と併せて理解のメカニズムを考察している。表記の原則は過度の統一ではなく、適度な論理性と諸活識の穏やかな折り合いにあるべきと結論する。

清文堂出版、平成22年(2010)11月

戦後日本漢字史

阿辻哲次

敗戦後のアメリカ占領軍による漢字廃止政策、日本政府・知識人による浅薄な国語国字改革とそれに対する反対運動、ワープロ登場以降の漢字使用の状況までを跡付けた戦後日本漢字受難史。昭和24年に内閣から告示された当用漢字字体表を現在の漢字の混乱をもたらした諸悪の根源と厳しく批判しつつ、戦後の現実も踏まえた功利主義的保守主義と言うべき立場からあるべき漢字論・日本語論を提言している。

新潮社、平成22年(2010)11月

増補改訂 古代日本人と外国語

湯沢質幸

8〜9世紀の日本人が外国語とどのように付き合っていたのかを考察した本。東アジアのリンガフランカだった中国語や交流のあった新羅・渤海などの言語、さらに梵語を学んでいた日本人、文化交流の橋渡しをしていた渡来人、そして各国の通訳たちの姿を、文献資料から再構成している。空海・最澄・円仁など留学経験を持つ僧や漢学の大知識人菅原道真など実在の人物の外国語力を推定していて、非常に興味深い。

勉誠出版、平成22年(2010)11月

日本語ほど面白いものはない

柳瀬尚紀

現代日本を代表する翻訳家が、翻訳したロアルド・ダールの作品を機縁に、島根県美郷町にある邑智小学校六年一組で日本語の面白さを伝える特別授業をすることになり、その時の模様を記録した本。人間と言語の関係、言葉の力、漢字の面白さ、外国語という世界への案内などが、言葉遊びを駆使しながら語られ、子供たちがそれらをどんどん吸収していく様子が生き生きと描かれている。

新潮社、平成22年(2010)11月

「お笑い」日本語革命

松本修

大阪朝日放送『探偵!ナイトスクープ』の番組プロデューサーで、方言地理学の名著『全国アホ・バカ分布考』でも知られる著者による言語学的エッセイ。「どんくさい」「マジ」「みたいな。」「キレる」「おかん」の5つの言葉を取り上げ、ビートたけし・明石家さんま・とんねるず・ダウンタウンなどテレビ時代のお笑い芸人によって一般化した言葉の拡散の状況とルーツを調査している。

新潮社、平成22年(2010)10月

ことばと思考

今井むつみ

認識は言語によって決定されるとするウォーフ仮説を、認知心理学の立場から考察した本。人間の基礎レベルのカテゴリー分けには共通性も多いが、母語が人間としての高度な情報処理に決定的な役割を果たしており、母語以外の言語を排除するメカニズムをもつことなどから、異なる言語の話者の思考はやはり違うと結論する。その上で、母語を通した認識以外の世界を知る扉としての外国語学習の意義を説く。

岩波新書、平成22年(2010)10月

日本語は敬語があって主語がない

金谷武洋

英語など主語のある近代西洋語では話し手が上空から場を見下ろすような意識構造になっているのとは対照的に、主語のない日本語では話し手と聞き手の対話の場における主客不分の意識構造になっているが、このような地上の視点を持つ日本語における敬語のあり方や日本文化について語った本。主体尊敬に隠れた「ある」と客体尊敬に隠れた「する」の分析から、日本人の自然観・世界観を明らかにしている。

光文社新書、平成22年(2010)9月

漢文と東アジア〜訓読の文化圏

金文京

日本・朝鮮・ウィグル・契丹・ベトナムなどを、漢字文化圏ではなく、「漢文」文化圏として把握し、各民族の漢文訓読の歴史を辿りながら、それぞれの漢文受容と文化形成の展開を俯瞰している。各民族のエリートの共通の教養である規範的漢文と漢文文化圏において多様化した変体漢文の話や、実は漢文訓読体は現代も漢文文化圏で共有されている文体であるという指摘など、興味が尽きない。

岩波新書、平成22年(2010)8月

国語表記史と解釈音韻論

遠藤邦基

平安時代から近世までの古典注釈などの文献を対象に、文脈の解釈を介しての音韻論という方法論に立って、解釈音韻と表記(漢字・仮名)がどのように関わっているかを、影印で確認しながら研究した本。意識的・無意識的誤解によって生じた異文、ミセケチや擦り消しによって加えられた訂正の意図などを推察し、それぞれの時代の音韻意識や表記意識の実態や背景を探究している。

和泉書院、平成22年(2010)7月

教室英文法の謎を探る

中川右也

英語学の知見に基づいて様々な英文法の疑問を平易に解説した本。基本的に誰もが学んだことがある中学レベルの英文法をテキストに、なぜそうなっているのかと日本人が疑問を持つポイントを取り上げて、英文法の背景にあるネイティブスピーカーの論理と感覚を解説している。高校生ぐらいの世代が読めば飛躍的に英語の理解が進むと思われるが、もう一度英語を見直したい社会人にもおすすめの一冊。

開拓社、平成22年(2010)7月

ひとのことばの起源と進化

池内正幸

生成文法の立場から言語の進化を考察した本。ひとの言語の普遍的で無意識の文法(回帰的併合と標示付けとそれが産出する階層的構造)を解説した上で、まず原型言語が出現し、その後、所有の分類が言語の直接的前駆体である(所有という対象との関係が言語を高度化した)という所有説が説く過程を経て、併合と標示付けを含む真性の言語が出アフリカ前に創発したとする。生成文法の最良の入門書になっている。

開拓社、平成22年(2010)6月

選挙演説の言語学

東照二

2009年8月、自民党から民主党へ政権交代が行なわれた第45回衆院選における選挙演説を、社会言語学・談話分析の観点からフィールドワークした本。有権者は政治家の人間性を見、そのコミュニケーションスタイルで判断するのであり、政策・論点を理性的に語るよりも、有権者の情緒の扉を開き、価値観を共有させ、積極的な参加者・支持者に変えていく聞き手中心のラポートトークが効果的であると説く。

ミネルヴァ書房、平成22年(2010)6月

沈黙するソシュール

前田英樹

一般言語学講義を遡ること15年、1890年代のソシュールのテキストを訳出し注釈した本。平成元年、書肆山田刊の文庫化。ジュネーヴ大学就任講演、ホイットニー追悼などを訳出し、それにノートを付すという形式。常識的な言語学ではなく、人間そのものを作り出している言葉とは何かという問いをソシュールが問題にし、それ自体は偶然的で非歴史的で中立的な自己産出として言葉を見ていたことがわかる。

講談社学術文庫、平成22年(2010)6月

大阪ことば学

尾上圭介

平成11年に創元社から出た言語エッセイの文庫版。ステレオタイプの地域イメージではなく、地域の文化を体現するものとして地域のことばを正当に見る視点から書かれている。語用論や認知言語学に関わるような大阪弁の文法的考察を通じて、開放性・共同性・自己客観視・本音主義・合理性・饒舌・含羞・笑い志向・柔軟性など大阪人の文化的特性と独特に発達したコミュニケーションのあり方を考察する。

岩波現代文庫、平成22年(2010)6月

日本語を教えるための第二言語習得論入門

大関浩美

日本語教育に携わりつつ研究を行なってきた著者による第二言語習得論入門。先行理論を自らの経験と照らし合わせながら批判的に検討し、理論と経験のバランスの取れた教科書になっている。日本語教師を第二言語教育の専門家であり、学習者が最適な学習方法を見つけるための良きアドバイザーと位置付ける。随所に反省も含めた体験を散りばめた現場感覚あふれる叙述は多くの日本語教師の共感を呼ぶものだろう。

くろしお出版、平成22年(2010)6月

日本語学習のエスノメソドロジー〜言語的共生化の過程分析

杉原由美

地域・大学などの日本語教育の参加者の関係を、学習場面の会話の分析から考察した本。日本語教師や日本語ボランティアなどの日本人が自らのアイデンティティを自明視し、日本語の優位性を前提していることから起こる同化・排除や優劣関係などの権力作用を微細に検証し、日本人側は自己を抑制し、外国人側は自己を主張することで生まれる日本社会の常識や規範を変革していく状況を「協働」と捉えている。

勁草書房、平成22年(2010)5月

日本語史概説

沖森卓也編著

日本語の歴史についての概説書。総説、音韻史、文字史、語彙史、文法史、待遇表現史、文体史、位相語史、それに巻末に相当量の付録の資料が付いている。大学の教養課程で学ぶレベルで、内容的だけではなく文体的にも教科書的で専門的な知識のない人には少し難しく感じるかもしれないが、現代日本語の来歴を知るという問題意識によって、今に至る日本語の変遷の歴史が辿れるように書かれている。

朝倉書店、平成22年(2010)4月

日本の漢字のプリンシプル

小池清治

中国の漢字、あるいは韓国の漢字などとは異なり、日本の漢字は複数の音と訓を持ち、当て字を自由に増やして行ける融通無碍なユル文字である。そうした独特な日本の漢字の歴史を辿り、日本の漢字の特質を解説した本。漢字を日本語そのものとした上で、漢字かな混じり文としての日本語の行方を展望している。高校生以上を対象にした教育テキストとして作成されていて、各章に練習問題を付す。

ポット出版、平成22年(2010)4月

英語文章読本

阿部公彦

現代英米文学の研究者が英語で書かれた小説の文章の味わい方を教える本。平成20〜21年に「英語青年]に連載されたものの単行本化。文章そのものの表現にこだわることで、小説の面白さ、作家の個性を炙り出すという方法を使って、レイモンド・カーヴァー、ヘンリー・ジェイムズ、ヴァージニア・ウルフ、メアリー・シェリーなどを論じている。基本的には、著者の日本文学のアプローチと同じである。

研究社、平成22年(2010)3月

口語英文法の実態

小林敏彦

ネイティブスピーカーの日常会話やカジュアルな文章に見られる語彙・語法・構文の特徴を学校文法と比較し、口語英文法の変形パターンを縮小・変換・拡張に類型化してその実態を解説した本。公式主義的な学校文法のみを教えることは日常会話や電子メールなどの口語英語が理解できないという弊害があることから、実用的見地から、教育現場に口語英文法を導入することを提言している。

小樽商科大学出版会、平成22年(2010)3月

日本語は亡びない

金谷武洋

経済的・政治的な不調の中、日本の知識人たちによる日本語の未来に関する悲観論が見られるが、そのような悲観論は国際社会における日本語の現実を反映しておらず、品詞・基礎語彙・表記・発音・語形の五つの免疫機能と、普通の日本人がこれからも日本語を使い続けるという確信から、日本語は決して亡びることはないと、日本語教師の立場から述べている。21世紀における日本語そして日本文化の役割も説く。

ちくま新書、平成22年(2010)3月

日本語から見た日本人〜主体性の言語学

廣瀬幸生・長谷川葉子

社会的伝達性の強い公的自己中心の体系である英語などに対して、日本語は私的自己中心の体系であるという比較文化論的な日本語論を前提に、代名詞・独り言・伝聞・ポライトネスなどの分析を通して、日本語から見た日本人を分析している。その結果、日本人は個の自己意識・主体性が強く、従来の集団主義という説明は日本語が示しているものとは相容れないという結論を導き出している。

開拓社、平成22年(2010)3月

日本語は生きのびるか

平川祐弘

文化的周辺国である日本と日本語の運命を、主に国際政治力学の観点から語った比較史的考察。前近代には中国の、近代以降は欧米の文明を積極的に受容しつつ、主体性を維持してきた日本だが、英語中心のグローバリゼーションが進行する中、日本人と日本語が生きのびるにはこれからも西洋と日本に二本足で立つしかないと論じ、今後の日本語と英語教育のあり方について提言している。

河出書房新社、平成22年(2010)2月

日本人の知らない日本語2

蛇蔵・海野凪子

日本語教師凪子先生と個性的な外国人学生たちとのやりとりをコミカルに描いたベストセラーコミックの第二弾。「正しい日本語」への志向を感じさせたパート1に対して、敬語・オタク文化・神社参拝体験・濁点半濁点の歴史や、ら抜き・れ足す・さ入れ言葉のような現代日本語の揺らぎについてなど、日本語教育とは関係のない一般的な日本人にも関心が持たれるだろうテーマを取り上げた読み物になっている。

メディアファクトリー、平成22年(2010)2月

英語リーディングの科学〜「読めたつもり」の謎を解く

卯城祐司編著

7人の研究者による英語リーディング指導理論入門。「故郷の母親にもわかるように」という方針で書かれており、実際にはそこまでは平易ではないが、認知科学・情報理論・心理学などのアプローチからのリーディング指導理論をわかりやすく説く。リーディングのプロセスを科学的に考察し、語彙知識、文脈やテーマの理解力、音読、推論、和訳の利用、視覚情報、リーディングテストなどについて論じている。

研究社、平成21年(2009)12月

自然な日本語を教えるために〜認知言語学をふまえて

池上嘉彦・守屋三千代編著

言語を主体的な認知の営みと捉え、言語化に先立ってどのような事態把握がされているかを分析し、日本語話者が持つ発想の文化的な相対性を認識する、という認知言語学的方法を踏まえた日本語教育論。認知言語学・語用論・現象学などを駆使し、英語・中国語・韓国語と比較して日本語らしさ、日本語ならではの表現を客観的に把握した上で、自然な日本語をいかに学習者に教えるかを論じている。

ひつじ書房、平成21年(2009)12月

山田孝雄〜共同体の国学の夢

滝浦真人

現代では国粋主義者として語られることが多いが、西洋文法学の引き写しではなく、日本語そのものに即した山田文法で知られる国学者・国語学者山田孝雄の学問と思想を、山田の文法学・敬語論・国体論そして連歌師としての面から解読した評伝。著者は言語学・日本語学者で、山田文法の解説部分はかなり難しいが、近年学問としての再評価が見られる国学系の日本語学を知るのに適した一冊。

講談社、平成21年(2009)10月

日本語は本当に「非論理的」か〜物理学者による日本語論

桜井邦朋

長年英語で研究を発表してきた物理学者が日本語の論理性について考察する。まず意志的・反省的に論理を構築するI言語と反射的・感覚的に使われるE言語という枠組みを示し、日本語そのものは論理的だが、日本人はE言語中心に陥っているので、I言語の使い方を訓練すべきと説く。穏やかで優美な日本語と日本文化を殺すことなく、異質な他者との交渉のための論理性を体得すべきとする二段構えの日本語論。

祥伝社新書、平成21年(2009)10月

意味論から見る英語の構造〜移動と状態変化の表現を巡って

米山三明

英語の移動表現と結果構文を意味論の視点から分析した本。移動表現は人間にとって最も基本的な言語現象であるが、方向や着点を不変化詞や前置詞句で表す英語のような衛星枠付け言語と、動詞自体に方向などの要素が含まれる日本語・フランス語・スペイン語などの動詞枠付け言語の移動表現について、完結性・有界性などの概念を使って比較考察する。意味論的な解釈による英語の理解を深められる。

開拓社、平成21年(2009)10月

単語の構造の秘密〜日英語の造語法を探る

竝木崇康

英語の単語の語構成について考察した本。単語の構造、単語の発音、単語の意味の3部構成から成り、英語の造語の仕組みや構造を解説するとともに、日本語の造語法との比較も行なっている。中心になるのは第1部で、派生・複合・品詞転換・省略による単語の形成の構造をわかりやすく説明している。レベル的には高校生でも十分に理解できる内容。ところどころにコーヒーブレイクと題するコラムを挟んでいる。

開拓社、平成21年(2009)10月

コミュニケーションの英語学〜話し手と聞き手の談話の世界

安武知子

英語表現を談話語用論的に考察した本。人称代名詞の変化における語用論的機能、他動詞の脱他動詞化現象、同一表現の反復の回避に見られる語用論的機能、冠詞や文副詞における語用論的な分析や主観的判断の関与など、普通の英文法ではあまり論じられない問題点を掘り下げている。特にsome/anyは日本語の助詞「は・が」に似て、学習者には難易度の高い使い分けがあるのが興味深い。

開拓社、平成21年(2009)10月

新日本人の起源

崎谷満

DNA分析は日本人の起源が極めて多様性に富んでいることを明らかにしつつあるが、DNA科学の最前線にいる分子生物学者の著者は、考古学や言語学にも踏み込み、日本列島のDNA・文化・言語の成立史への端緒をつけている。単一民族説はもとより二重構造説さえ神話であり、朝鮮半島なり中国なりの外来文明の圧倒的支配を受けた事実もなかったことを解明している。多様性の復権を説く日本語論は重要。

勉誠出版、平成21年(2009)9月

孤高〜国語学者大野晋の生涯

川村二郎

平成20年に亡くなった戦後日本を代表する国語学者大野晋の評伝。東京下町の商家に生まれ、家業が東京帝国大学で晩年の橋本進吉に師事し、国語学者として数々の業績を残しつつ、還暦を越えて日本語のタミル語起源説を唱えた大野晋の生涯を、研究者としての歩みに軸に描く。国語学を彩る様々な人物が登場し、国語という学問の魅力、学者という人種の面白さをよく伝えている。

東京書籍、平成21年(2009)9月

バカ丁寧化する日本語〜敬語コミュニケーションの行方

野口惠子

日本語教師の著者が、機械的・硬直的なマニュアル敬語、行き過ぎて慇懃無礼になってしまっている敬語、政治家の偽善的な敬語、敬語の誤用の常態化(定着)など、過剰に丁寧化している敬語の濫用現象を批判的に論じた本。主権者や消費者が絶対敬語の対象になりつつある状況が伺える。また、日本語教師として、外国人がバカ丁寧化する(本来学ぶ必要のない)日本語を学ばなくてはならない状況を憂えている。

光文社新書、平成21年(2009)8月

振仮名の歴史

今野真二

振仮名の歴史を辿った日本語表記史・表現史。実用的な「読みとしての振仮名」と日本語の特性である融通無碍な漢字の音訓両読から発展した「表現としての振仮名」を、平安時代から現代までの様々な振仮名を資料に分析する。江戸・明治期に自由度が高くなった振仮名表現が、戦後の画一主義的な漢字制限に伴って衰退し、現代は漫画や歌謡曲のようなサブカルチャーに多様な表現が開花している歴史が把握できる。

集英社新書、平成21年(2009)7月

日本語は論理的である

月本洋

日本語は非論理的だ、日本語は特殊な論理を持っている、という両極端の意見を斥け、日本語は普通に論理的であることを説く。英文法をモデルにした学校文法によって作られた主語崇拝の弊害を指摘すると共に、音声と文法の相関関係の仮説から、子音の比重が大きい英語の早期教育が、母音の比重が大きい日本語によって形成される日本人の脳の構造、文法や論理、ひいては文化を破壊する危険性に警鐘を鳴らす。

講談社、平成21年(2009)7月

日本語表現で学ぶ入門からの認知言語学

籾山洋介

言語の習得・知識・使用を、身体に基づく知的・感覚的な認知能力との関係で考える認知言語学の平易な入門書。生得的な言語能力・知識を重視する生成文法理論に対して、一般的な認知能力と並んで経験を重視する認知言語学の立場から、比較・主体化・焦点化・推論・評価などの認知能力によって対象を把握する日本語の表現、特に類義表現や比喩による表現を考察している。

研究社、平成21年(2009)7月

日本語の隣人たち

中川裕

日本の周辺に暮らす人々の言語、セデック語、ニヴフ語、ホジェン語、イテリメン語、サハ語、ユカギール語、エスキモー語、ハワイ語の8言語の基本的な知識と文法を解説し、ネイティブ話者による音声テキストを付した入門書。英語やフランス語、中国語のようなメジャーな言語ではない、しかも日本語に隣接した少数民族の言語を知るのに最適であり、かつ言語の普遍性と多様性を実感できる貴重な一冊。

白水社、平成21年(2009)7月

英語の改良を夢みたイギリス人たち〜綴り字改革運動史1834‐1975

山口美知代

19世紀〜20世紀のイギリスの綴り字改革運動の歴史を辿った本。1960年代の初期指導用アルファベットの実験に失敗するまでの、文盲撲滅、科学的音声言語研究、植民地英語、英語国際語化など、時代状況によって変遷する綴り字改革論者の主張と活動を様々な文献を渉猟して跡付けている。イギリスの綴り字改革論も表音主義、設計主義的進歩主義であり、日本の国語表記改革論と同じであることがわかる。

開拓社、平成21年(2009)6月

日本語「ぢ」と「じ」の謎

土屋秀宇

小学生への漢字の実践教育で知られる著者が語る近代国語の歴史。平成17年に芸文社から刊行された『学校では教えてくれない日本語の秘密』を大幅に加筆修正したもの。タイトルは地は「ち」なのに濁点を付けた地面は「ぢめん」ではなく「じめん」に変身する現代仮名遣いから取られており、国語国字改革の不合理を象徴的に示す。漢字や仮名遣いについて誰にでも理解できる国語問題の最良の入門書。

光文社知恵の森文庫、平成21年(2009)6月

世界の言語と日本語 改訂版〜言語類型論から見た日本語

角田太作

世界の諸言語を比較研究する言語類型論から見て、日本語は特殊ではなく一般的な言語であるとする。主語については、統語機能から見て、主語が弱い言語ではあるが無いとは言えないと結論する。逆に、主語の絶対的優位性などいくつかの点で、英語は特殊な言語であることを明らかにする。日本語教育にも言語類型論の知識は有効であり、学習者の母語によって教え方を工夫すべきことを提言している。

くろしお出版、平成21年(2009)5月

山田国語学入門選書2 国語学史要

山田孝雄

昭和10年に岩波書店より刊行された『国語学史要』を収める。富士谷成章の品詞分類、本居宣長の係結びの研究とりわけ助詞「は・も」の役割の発見、本居春庭の用言の活用と自他動詞の研究などの国学者たちの先駆的研究、明治以後の大槻文彦の日本語文法や馬場辰猪が英語で発表した日本語文法などの意義を明らかにし、顕彰している。橋本進吉以降の研究水準から見ると、音韻論には見るべきところがない。

書肆心水、平成21年(2009)3月

山田国語学入門選書1 日本文法学要論

山田孝雄

昭和25年に角川書店より刊行された『日本文法学要論』を収める。語論と句論(構文論に相当)から成り、主に古典文を素材にしているが、現代文にも適用できる文法になっている。中学教師をしていた若き山田が助詞「は」を主格とする当時の教科書の受け売り講義をしていたところ、ある生徒から異論(正論)をぶつけられたのをきっかけに文法研究に入ったという国語学史上有名なエピソードが記されている。

書肆心水、平成21年(2009)3月

いろはうた〜日本語史へのいざない

小松英雄

昭和54年に中公新書から出た日本語史の復刊。平安時代に成立した以呂波47文字の国語学的考察と、以呂波の枠組みの中で培われてきたその後の仮名表記の歴史を、橘忠兼『色葉字類抄』、藤原定家『下官集』、行阿『仮名文字遣』、契沖『和字正濫抄』などの著者たちがいかなる態度によって以呂波と対し、表記の原理を構築しようとしたかという観点から辿る。仮名遣問題の出発点を示そうとする試みでもある。

講談社学術文庫、平成21年(2009)3月

越境した日本語

真田信治

日本の植民地下・占領下、旧大東亜共栄圏内において、日本語教育を受けた人々が、いかなる日本語能力を持ち、維持しているかをフィールドワークした本。日本が撤退して60年以上が経過し、高齢化している日本語学習者の日本語の諸相が明らかにされている。台湾少数民族における日本語ベースのクレオール「寒渓泰雅語」の存在など、日本ではほとんど知られていない植民地日本語の実態が報告されている。

和泉書院、平成21年(2009)2月

日本人の知らない日本語

蛇蔵・海野凪子

日本語学校を舞台に、日本語教師凪子先生と多様なキャラを持つ外国人学生たちとの間で繰り広げられる日本語をめぐる問題提起やバトルを描いたベストセラーコミック。外国人たちにとっての外国語としての日本語に対する疑問や不思議を通して、日本人が日本語を客観視し、再発見できる。楽しく読める日本語教師入門書であるが、「正しい日本語」に対する意識が感じられる内容になっている。

メディアファクトリー、平成21年(2009)2月

日本語ヴィジュアル系〜あたらしいにほんごのかきかた

秋月高太郎

デジタル環境で使われるようになったヴィジュアルを意識した書き方に新しい日本語表記の可能性を探る現代日本語表記論。ネオかなづかい・ネオ外来語表記・ネオ四つがな・ネオ濁点文字・ネオ長音符号・ネオ句読点などを提唱している。表音とヴィジュアル表現、また表現としての表記と正書法を区別できておらず、理論的水準は低いが、現代かなづかいを規範主義的な伝統と見做す立場が登場したのが面白い。

角川グループパブリッシング、平成21年(2009)1月

「移動する子どもたち」の考える力とリテラシー

川上郁雄編著

早稲田大学大学院日本語教育研究科の大学院生・修了生による論文集。人々が国家を超えて移動する現代社会に発生する「移動する子どもたち」に対する第二言語としての日本語教育の課題を、子どもの主体性を軸に追求している。外国人児童個々人が置かれている生活状況を把握し、個々の言語的ハンディキャップを見極め、将来の希望やアイデンティティの問題なども視野に入れた年少者日本語教育を構想している。

明石書店、平成21年(2009)1月

生成文法

渡辺明

大学生レベルの初学者向けに書かれた生成文法のテキスト。原理とパラメータという図式によって普遍文法を説明する生成文法において、統語演算を分析する際の中核をなす句構造と移動(変形)のメカニズムを中心に解説している。個別言語の深層に普遍文法があるとしたことによって、整合性を付けるために徒に複雑な理論体系になっているという批判がある生成文法だが、かなりわかりやすく書かれている。

東京大学出版会、平成21年(2009)1月

このページの上へ▲

Copyright(c) H18〜 Nantan Nihongo Club. All rights reserved.